東京から電車に揺られて約1時間。山々に囲まれた里山風景が広がる埼玉県小川町は、古くから和紙や酒造り、そして「有機農業のまち」として知られています。この地に引き寄せられ、東京との二地域居住を経て完全移住を果たした柳瀬さんご夫妻がいます。
東京の都会的な側面と、小川町のローカルな側面。双方の魅力を知る柳瀬さん夫妻に、二地域居住でのリアルな気づきや子育て、農のある暮らし、そして地域メディアを通じたこれからのまちづくりについてお話を伺いました。

「直感」と「お試し通い」から。東京と小川町を行き来する1.5拠点生活
会社員時代は東京でイベントプロデューサーやコピーライターの仕事をしていた武彦さんと、外資系企業のインハウスデザイナーとして活躍していた菜摘さん。あくせく働きながら稼いで消費をするという生活に20代の頃から違和感を抱いていた武彦さんが、「仕事がなくても食べ物を作れれば生きていける」という感覚を求める中で、偶然出会ったのが小川町でした。
武彦さん「それまで埼玉といえばベッドタウンのイメージだったんですが、小川町に来てみたら東京にはないローカルな産業や豊かな自然があって驚きました。鎌倉や逗子のようにすでに人の流れがある場所でお金を払って価値を受け取るより、自分たちの手で新しいものごとを作っていける余白のある場所のほうが楽しそうだなと感じたんです」

2016年から小川町の「しもざと有機野菜塾」に通い始めた武彦さんは、2017年に縁あって歴史ある物件の一部を借り受けることに。時間をかけながら場所を整え、2019年に喫茶「PEOPLE」をオープンしました。
当初は日帰りや友人宅に泊まることを繰り返す「1.5拠点」のようなスタイル。その後、2020年のコロナ禍をきっかけに小川町に中古マンションを購入し、練馬の住まいとの本格的な二地域居住がスタートしました。

1週間を半分ずつ使う二地域居住の贅沢とリアル
週末は小川町でカフェを運営し、平日は東京でデスクワーク。一見ハードに見える二地域居住ですが、ご夫妻は都市とローカルそれぞれの豊かさを味わい、暮らしに心地よいメリハリが生まれた話します。
菜摘さん「東京で仕事をして、週末は小川町の豊かな里山の中で自分たちの店を運営する。1週間の中でまったく違う2つの世界を楽しめるのは、体力的には大変ですがとても魅力的でした」

武彦さん「取材者として色々な場所へ『聞く側』として行く日常から、お店で『待つ側』になり、コーヒー1杯を提供する。対比する生活を選ぶことで、今までやってきたことの視点がガラッと変わる感覚がありました」
しかし、二地域居住にはコスト面や移動のハードルもつきまといます。それでも柳瀬さん夫妻が二地域居住を続けられた大きな理由は ”土地の圧倒的なコストパフォーマンス” でした。
武彦さん「東京から50km圏内で考えられないくらい安く拠点を構えられました。『安さって早さ』なんです。何千万円もかかる計画だとタイミングを逃してしまうけれど、無理のないコストだからこそ、やりたい時にすぐ行動に移せました」
子育てを機に完全移住へ。自然の中で育む「生きる力」
二地域居住を続けながらお子さんが誕生。0歳の頃は2つの拠点を往来していましたが、保育園の入園を検討するタイミングで、小川町へ完全に生活の軸を移す決断をしました。
菜摘さん「小川町での子育てはしやすいです。都内の公園のような混雑や遊具待ちもありませんし、ご近所さん同士の横のつながりで子どもを預かり合ったり、お迎えをお願いできたり、温かい関係性に助けられています」

現在、お子さんが通う小川町の保育園では、自然と触れ合い五感を育むが実践されているそう。
菜摘さん「冬でも裸足で泥んこになって遊ぶので毎日着替えがたくさん必要ですが(笑)、野草に詳しくなって『ママ、これ食べられるよ!』って教えてくれるんです。まちを歩いているだけで季節の実がなっていて、そのまま食べる。タフなサバイバル能力や生きる力が自然と身についているのは、この環境ならではだと感じます」
武彦さん「小川町って、まるで『大きな大学のキャンパス』の中に住んでいる感覚なんです。様々な部活やサークル(コミュニティ)があって、全員を知っているわけじゃないけれど歩けば『おう!』と声を掛け合える。田舎特有の窮屈な束縛感もなく、かといって都会のような冷たさもない、絶妙な距離感が心地いいですね」
「お金」だけじゃない価値の交換。農のある暮らしと「NŌ PARK」
小川町での生活に欠かせないのが「農」の存在。柳瀬さん夫妻は地元農家の「SOU FARM」から畑の一角を借り、菊芋や大豆をご自身の手で育てています。そこは「資本主義的な経済サイクルから少し距離を置く」という柳瀬さんの考え方の実験場でもあります。
武彦さん「農家さんの商品開発やイベント企画をお手伝いする代わりに、畑をお借りしたり野菜をいただいたりしています。お米払いとかリンゴ払いとかいろいろ試してきたのですが、”売上ではなく野菜で対価をもらう” というような、お金を介さない価値の交換や技の交換を暮らしの中に5%でも10%でも混ぜていきたいんです。分業化が進んだ社会で、お金を稼いで買い物するだけのサイクルを、ちょっとだけずらしてみる面白さがあります」

さらに現在、SOU FARMの柳田さんと共に進めているのが「NŌ PARK(ノーパーク)」プロジェクト。
これは、遊休農地や荒れてしまいそうな土地を活用し、子どもたちが自由にやってきて泥だらけになって遊べるような「農の広場」をつくる試み。ワークショップを開き、地域の人々と一緒に竹を切り、土壁をこねて小屋を建てるなど、農地を起点とした新しい居場所づくりが進んでいます。

「有機経済」という小川町の思想。ゆるやかな繋がりが外の人を惹きつける
小川町といえば「有機農業」が有名ですが、小川町の農家さんたちが語る「オーガニック(Organic)」の定義は、単に「無農薬」ということではありません。
植物同士、そして人と人との心地よい調和や関係性を保ち続けることこそが、小川町から広がった有機農業の真髄。柳瀬さんはこの考え方を、まちの暮らしや経済全般に広げた「有機経済」として仲間たちとともに広げていこうと考えています。
武彦さん「農家さんから毎週いただく野菜はお金に換算したらわずかな額かもしれないけれど、この猛暑の中で作ってくれた熱量や関係性はお金では買えません。人と人との温かい関係性の中で経済や暮らしを回していく。それこそが『有機経済』だと思うんです」

この小川町特有の「有機」の思想があるからこそ、まちには外からの人を拒まない、ゆるやかで開かれた土壌が形成されています。
武彦さんは、地域内外の人が情報を共有しパスを出し合える場として、ポッドキャスト番組「おがわのね」や、地域の課題や商いを共有する月1回のイベント「おがわのわ」など、新しい情報共有の場を次々と生みだしています。
さらに2026年11月には、まちのモノづくりの現場をオープンにするイベントも進行中。様々な産業や異文化が混ざり合い、新しい化学反応を起こす仕掛けを計画しています。

多面的な視点を持つ二地域居住者が描く、これからのローカル
二地域居住を経て小川町に根を下ろし、今もなお外部の都市や他地域と行き来を続ける柳瀬さん。東京のスピード感や課題と、ローカルのポテンシャルの双方を知る「ポリネーター(=花粉媒介者)」だからこそ見えてくる、これからのまちづくりの姿があります。
武彦さん「日本全体で人口減少が進む中で、ただ移住者を増やして一つの町を大きくしようとするのは限界があります。大切なのは『いかに小さく豊かになれるか』のモデルケースをつくること。小川町のような人口2万6000人のまちは、まちとしては小さいですが、1つの大企業だと考えたらすごいポテンシャルを秘めています。まちの中で、課題や『やりたいこと』を共有すれば、特技を持った人がサッと手を挙げて助け合えるはず」

二地域居住や移住を検討している人に対して、柳瀬さんは「やりたいなら具体的に計画してみること」とエールを送ります。
武彦さん「二地域居住に不安があるなら『何が不安なのか』を分解して具体的にしてみるといいかもしれません。二拠点生活や移住はワールドカップに出場するような高いハードルではありません(笑)。埼玉なら東京からも近いですし、まずは遊びに来る感覚で一歩を踏み出してみてほしいですね」

取材後記
小川町というまちが持つ「有機(オーガニック)」の思想——それは作物の育て方だけでなく、人と人とのゆるやかな関係性や、外から来る人を温かく受け入れる風土そのものを指していました。
柳瀬さん夫妻のように、東京とローカルの両方に足場を持ち、視点を行き来させる人々がいるからこそ、まちには多様なグラデーションと新しい選択肢が生まれます。
「もっと自由に、もっと軽やかに暮らしてみたい」
そう願う人にとって、小川町の開かれた空気と柳瀬さんたちの実験は、新しい生き方の扉をそっと開けてくれるはずです。
