東京・下北沢と埼玉・小鹿野で二地域居住をする北原豪さん。30歳までバンドマンという生き方を選んでいた彼は、社会の激動を感じる中で会社経営者という道を歩み始めます。そして時期を同じくして趣味で始めたクライミングがきっかけとなり、偶然にも小鹿野と東京を行き来する「半農」の二地域居住が始まります。
すべては心の感じるままに、無理なく自然と共にある生活を選んだ結果。風に乗るような生き方にぴたりとハマった、二地域居住というスタイルのリアルを聞きました。

遊びから成り行きで始まった二地域居住。きっかけは「直感」で選んだ「田んぼ」
大学では理系を専攻し、卒業後は、ライブや自身でレーベルを立ち上げるなど音楽活動を生業としていた北原さん。東日本大震災を機に「確かなもので社会の役に立ちたい」と感じ、転身を決意。地元・浦安から東京に拠点を移し、大学時代に培ったPCスキルを活かしてIT分野で起業します。
立場もジャンルも拠点もガラリと変わる生活。そんな中でも北原さんは「遊ぶ」ことだけは手放しませんでした。浦安にいた頃に趣味にしていたスケートボードに代わり出会ったクライミングに熱中。この新たな趣味が、北原さんを二地域居住ライフへ導いていくことになります。

関東屈指の岩場の1つ「二子山」に登るため、しばしば小鹿野を訪れるようになった北原さんは、クライマーが集まる飲み会で仲間の一人が「田んぼをやっている」と知ります。自分もやってみたいと連絡先を交換し、早速田んぼ作業の手伝いをすることに。
「田んぼに惹かれたのは明確なロジックがあったわけじゃなくて、直感的な話なんです。子どもがいると趣味を諦める親が多いですよね。クライミングに行くと一日中家を空けてしまう、その環境を変えるためにすべての要素を混ぜてやろうと思ったんです」
田んぼや畑があれば、自然と戯れることもできるし、子どもたちにとっては学びの場にもなる。家族がいるから自分がしたいことは諦めるのではなく、家族にとっても「いいね」と思われる状態をつくろう。北原さんの提案を、奥様も二人のお子さんも承諾。こうして、家族みんなで週末に小鹿野に通う二地域居住ライフが始まりました。

農業じゃなく「半農」で、自然と接続した暮らしを実践する
最初は人の田んぼのお手伝いでしたが、現在は地域の仲間たちと「hannova(ハンノバ)」というグループを立ち上げ、田んぼとすぐ側の物件を借りて複数世帯でシェアしながら “半農” を掲げて無理なく農作業に触れる暮らしを実践しています。
「hannova」が理想とするのは、農薬や化学肥料を使わず、自然の中にあるもので解決を図る自然農。クローバーが群生している場所を指差して、北原さんはその基本的な考え方を教えてくれました。
「大地の再生という考え方を参考にしています。自分たちは、生態系の力を活かせるように手を加えるだけ。ここは元々田んぼで水捌けが悪かったので、土壌改善から取り組みました。農家の方から見るとこんなやり方は『生ぬるい』かもしれないですが、僕らは農業じゃなくて『農』を実践している。だからこそ『半農』なんです」

また、田んぼや畑仕事という「農」に惹かれたのには、地方と都市のあり方を考えて自ら実践したいという側面もあったと言います。
「安宅和人さんが中心となる『風の谷プロジェクト』や養老孟司先生の本などでも、都市と地方の関係性についてはずっと議論がされている。水も含めて地方がなかったら都市は生きられない。今振り返ると、身体的にそういうことを理解したいと思っていたのかもしれません」
二地域居住で得た一番大きなものは「安心感」
直感で選んだ二拠点生活も、2026年で4年目に突入。時間はかかったけれど、その手には確かな実感があるようです。
「生活リズムも含めてまるっきり変わりましたが、一番得て大きかったのは安心感です。都市の暮らししか知らない怖さみたいなものが、二拠点生活を始める前はありました。小鹿野のコミュニティに属するようになって『テンカラ』という渓流釣りを教えてもらい秩父の沢に入るようになったり、そこから『鮎釣りに行こう』と誘ってもらえたり、通うことで初めて触れられる体験がある。ジビエも、野菜も、やっぱり地元で採れたものはうまい。小鹿野での暮らしは子どもたちにとっての食育にも繋がっていますね」

「安心感」を身体的につかんだ北原さんは、真剣に都市と地方(自然)がともにある生活のあり方を考え始めるようになります。
「僕のいるIT業界は、AIの躍進がすごすぎて不安に駆られてる人が多い。今はAIと会話ができる時代なので、僕も小鹿野までの2時間弱の車移動の時間は、音声入力でずっとAIと会話をしています。小鹿野に着く頃には企画書のたたきからパワーポイント資料まで作れてしまうんです」
あっという間に既存の仕事を奪ってしまうかもしれない、AIの脅威的な進歩。加えて、自然災害や経済不安など、私たちが今後生きていく未来には「必ず安心して暮らせる」という保証はありません。二地域居住を通してレジリエンス(*)に対する考えを深めた北原さんは、「自給できる場と支え合う共同体を土台に、人が静かな心で生きていける状態や領域のこと。」を「安住域(あんじゅういき)」と名付けます。北原さんにとっての安住域の可能性をもつ土地、それが小鹿野でした。
*「レジリエンス」とは「状況の変化に適応しながら回復する力」を指す

コミュニティに所属する。それが最大のリスクヘッジにもなる
安住域に必要なのは、水があって、食料がつくれる土地があること。そして最も大事なのは ”信頼できるコミュニティに属すること” だと話します。
「安住域という観点で言えば、市民農園のような田舎の畑を借りるだけみたいな形は不十分だと思って。住んでいる人と関係なく通っているだけでは、地域と分断されていてコミュニティに接続できていないから」
とはいえ、いきなり見知らぬ土地でコミュニティに接続し、居場所をつくるというのは簡単ではありません。北原さんは移住の先輩がいたことが大きく、そのためには何度もその土地に足を運ぶことが肝だと続けます。

「僕は趣味だったクライミングを通じて、何度も小鹿野に足を運び、そこにいた地元のクライマーとも繋がれた。その関係性があったから、受け入れてもらえたんだと思っています。つまり、僕もコミュニティに接続するまでに、何度もこの土地の人たちに接触してるんです。一度でうまくいくことはまずない。それをしっかり理解することだと思います。
最初は小鹿野に遊びに来ていたところから、徐々に家族を連れて田んぼと畑を手伝うようになり、さらには物件を借りることになった。地域の人と会話をしている中で広がって、結果的に二地域になったんです」
移住先を選ぶにしても、何度も同じ土地を訪れるのには限界がある。でも、”遊び”だったら苦じゃない。まず何より自分が楽しめること、これが二地域居住や移住の一番大事な要素なのかもしれません。
相反する“二地域”を行き来することが、自分にとっての最適解
今後も、居住地を小鹿野か東京のどちらかに集約することは考えていないそう。それは、拠点を二つ持つからこその大きなメリットを感じているから。
「クライミングや渓流釣りのようなアウトドアの遊びも好きですが、当然仕事もやりがいをもっていますし、他にも音楽や映画、アパレルの製作にも関わっています。やっぱり都市も、そこにあるカルチャーも好きなんです。とくに都市ではいろんな人と知り合える。だから、二つを行き来するのが僕としては大事。文明や文化、科学もとても大事なことなので、それを否定しちゃったら人間を否定してるのと一緒だと僕は思うし、ちゃんと都市とも通じていたいです」

もうひとつ、相反する二つの領域・要素を自分の内にもつことで得られることがあると言います。
「二つある方が、何かをしようと思う時に『間違わない』と思います。例えば、まちづくりについて考える時に、自然環境も政治もどちらも知らないと語れないはず。何かを選択した後に、それが一体どんな結果をもたらすかが分かってないといいチョイスはできないんじゃないかな。とにかく横串でいろいろ知ってる人がいないとダメ。自分もそうなりたいですね」

とにかく楽しいことが重要「まず遊びに行ってください」
最後に、これから二地域居住へ踏み出したい人へのアドバイスを伺いました。
「自分にとってはクライミングが重要で、やっぱり遊びがスタートなんです。二地域居住は移動も大変だし、お金もかかるので楽しくないと続かない。だからこそ、没頭できる遊びをぜひローカルで見つけてほしいですね」

そんな北原さんは小鹿野と同様、遊びの延長で足繁く通っている香川県の小豆島で「瀬戸内JAM」というクライミングイベントを2018年より主催しています。今年はついに「小鹿野JAM」の開催が決定。拠点同士を繋げたいという思いもあり、二地域居住の実践者として次なる挑戦を始めています。
「やっていることが面白いと共感してくれる人もいるし、そういう人と無理なくつながりたい。共感して次にアクションする人が増えればいいなと思っています」
バンド時代から「思想強め、でもポップさは大事」というスタンスだったという北原さん。遊びと仕事、都市と地方、テクノロジーと自然。絶妙なバランスで楽しく人を巻き込みつつ、今日もコミュニティやジャンルを行き来して、安心して暮らせる境地を目指し続けています。

編集後記
取材の合間には、娘さんたちがとっても楽しそうに田んぼで草取りをしたり、お父さんに「こんなの見つけた!」と走って報告しに来たり。今では奥様の方が畑に詳しいそうで、北原さんは農具を納める小屋のDIYをしたりと、サポートに回っているのだとか。
家族各々が ”二地域居住” というチョイスを存分に遊び尽くしている北原さんファミリーを見ていると、二地域居住への入り口は案外、身近で気軽なワクワクの延長にあるのかも、と感じました。