出身地である埼玉・秩父で週末1日1組限定のプライベートキャンプ場を運営する傍ら、一般社団法人秩父地域おもてなし観光公社の外部CMOとしてマーケティング事業に携わる今山実穂さん。東京・練馬区の住まいと秩父を行き来し、仕事も居住も自らの ”したいこと” を軸にパラレルなスタイルを貫いています。
自由に人生を選び取っているように見える今山さんですが、かつては外からの評価を気にしながら仕事も暮らしも決断していたそう。「びっくりするぐらい人生が豊かになった」と話す、今山さんの二拠点生活。そこに至るまでの試行錯誤には、暮らしをアップデートするためのヒントがたくさんありました。

コロナ禍で気づいた「自分のやりたいことで、人生は選択してもいい」という決断
秩父市田村地区。青々と豊かに茂る山々を車で行くと、ちらほらと点在する民家、畑や田んぼ。地名が示すとおり、豊かな自然とともに人々が暮らす里山風景に、突如現れるスタイリッシュな建物。ここは、今山さんが営むプライベートキャンプ場『KEiNA CHICHIBU』です。ご両親とともに営む畑でつくられた無農薬野菜が味わえたり、近くの川や山で生き物に触れられたり。秩父の自然を味わい、気兼ねなくゆったりと過ごせるキャンプ場として人気を集めています。

今山さんが、地元である秩父市田村で『KEiNA CHICHIBU』をオープンしたのは2022年4月。
以前は、東京で国家公務員として激務に忙殺される社会人生活を送っていた今山さん。子持ちで働く女性がほとんどいない職場で、出産を経験しながらも働き続けていましたが、保育園に入れなかったことで離職を決意。契約社員の人材経営コンサルタントとして働き始めます。
そして数年後、お子さんが小学校に上がるタイミングで、ステップアップを目指し仕事を見直そうと計画していた矢先に、コロナの波が直撃。東京都心に住んでいた今山さんは、それまで心の拠り所にしていた秩父の実家に帰れない状況を目の前にし、自分の人生のあり方を考え直すことになりました。
「それまでは子どもの成長とともに働き方を変えてきました。でも、そもそも自分のやりたい生き方って何だろう、と見つめ直して。自分がまず何をしたいかという観点で、人生を選択してもいいのではないかと考えたんです」

時間を自由にコントロールする。地方と繋がりをもつ。
その落とし所が二地域居住だった。
自分がしたいことをすることが “ゼロからの積み上げ ” だとしたら、キャリアなどの諸条件から考えることは ”逆算” に近い。それまでの今山さんは、逆算で人生の向かう先を選んでいたと気付かされたそう。
「転職先を考える時も『今までの経験をもとにこういう会社で必要とされるんじゃないか』と、それまでの自分の人生を振り返りながら、次の人生のステップを決めていたんです。でも、私は何がしたいんだろうと改めて考えた時に、実家の秩父で両親とともに時間を過ごしたいと思ったんです」

また、子どもとの時間もちゃんと取りたいことを考えると、企業に入って働くより自分でコントロールできる方がいい。そのためには、秩父で自ら仕事を作るのが一番。でも、なんの仕事をしようかーー。
そんな時、今山さんの頭に浮かんできたのは、両親のこぼした言葉でした。
「『こんな土地を残してしまって申し訳ない』と親から言われていて。代々守ってきた土地なのに、すごく悲しい言葉だなと。うまく活用すれば、負の遺産と言われてきた耕作放棄地も、この地域にとって新しい可能性を生む場所になるのではないか、そういうビジネスがしたいと思ったんです。
秩父の魅力といえば、野菜が美味しいこと。自然があること。それを最大限活かせる手段として思いついたのが、カフェとキャンプ場を合わせた案。とはいえ、夫は仕事を辞められないので、一人で事業を起こして週末だけ秩父に通うという形態を考えました」


今山さんからの突然の二拠点生活の提案に、驚いたのは家族の方でした。
「当初、二拠点生活をしたいと言い出した時、夫は『冗談でしょ?』と真面目に取り合ってくれなくて。飲食店もキャンプ場も経験がないですし、私が夫の立場でもそう感じると思います(笑)。でもやってみないとわからないから」
実地で業務内容を学ぶため、渋谷のカフェ立ち上げスタッフとキャンプ場のアルバイトを掛け持ちし、平日は都内でカフェ、土日は秩父に来てキャンプ場で働く生活が始まりました。加えて、自動車教習所に通い、免許を取得。開業にあたっては、県の創業支援機関『創業支援センター埼玉(旧創業・ベンチャー支援センター埼玉) 』にもお世話になったと話します。
「セミナーにも参加させていただいて、借入のための必要な書類作りや創業のための補助金も利用したり。資金面については手取り足取り教えていただきました」

当初は懐疑的だった旦那さんも、今山さんが行動に移して話を進めていくうちに、だんだん本気度を理解して応援してくれるように。KEiNAの建築設計は、ゼネコンに勤務する旦那さんが設計を務め、二人三脚でつくりあげました。
そして、自らひいたプランを一歩ずつ進む今山さんの姿をみて、家族の中にも思わぬ変化がありました。
「私が働き方や暮らし方を変えていく中で、夫も自分自身の働き方を考えるようになったのかもしれません。結果的に、あれだけ辞めないと言っていたゼネコンから転職して、今は自分に合った働き方で働いています。毎日楽しそうなので、家族それぞれが自分に合った働き方を考えるきっかけにはなったのかなと思っています」
さらに、娘さんも自然と触れ合う機会に繋がっていったとか。
「読書が好きで普段からあまり家の外には出ないタイプの子なんですけど、秩父に帰ってくると両親と一緒に農作業をしたり、キャンプの手伝いをしたり。一緒にどこかへ連れ出されても結構楽しげにやっているので、いい刺激になっているのかもしれません」

二地域居住は家族の信頼関係があってこそ。互いに意志を尊重して協力する体制があるから、無理なく継続できているようです。
「今日は夫が残業だから私がなるべく帰るようにするとか、協力関係はすごくあります。娘も、それはよく理解してくれています。今は中学生の娘がこれから高校生にもなるし、夫の仕事の状況でもまた変わってくるかもしれません。あんまり計画は立てずに、その時々で自分たちにとって生活しやすいように、お互い協力して模索するつもりでいます」
居場所が2つになることで、”人生を2つもらったみたい” に豊かな暮らし
「地元に根を下ろしたことで、思った以上に人生が豊かになったと感じています。居場所が2つあって、人生を2つもらったような感覚で、暮らしもすごく豊かになりました。両親と過ごせる時間が増えたこともそうですし、知り合いも倍くらいに増えましたね」
二拠点生活で得られたメリットを、そう話す今山さん。地域とのつながりが広がったきっかけの一つが、二拠点先で仕事を始めたことだったといいます。
「地域とつながるという意味では、二拠点先で仕事を持つのも一つの方法だと思います。滞在を楽しむだけだと、自分で意識しないと地域の人と接点を持つ機会がなかなか生まれにくいかもしれませんが、仕事をしていると自然と関わりが増えていきます」

また、地域の有志によるコミュニティに飛び込んでみるのも、一つの手だと話します。
「例えば、秩父が好きな人たちが集まる『秩父ファンクラブ』(*)のように、地域とのつながりをつくるきっかけになる場もあります。私自身、そうしたコミュニティを通じて知り合いが増えたことで、地域への愛着も深まりました。そこから別のイベントに参加したり、新しい出会いが生まれたりすることもあります。自分の居心地がいい、気が合うと感じるコミュニティがあれば、無理のない範囲で関わってみるのもいいと思います」
*「秩父ファンクラブ」https://www.chichibu-iju.com/chichibufanclub.html
特性の違う2つのまちを行き来するから『いいな』が続く
当初はカフェ営業をしていたKEiNAですが、今山さんの働き方の変化に合わせて、現在はカフェ営業をお休みしています。木・金曜は公社のマーケティング業務に携わり、一週間のうち秩父で過ごす日も4日ほどに増えました。家族の状況や仕事の変化に合わせながら、少しずつ今の暮らし方になっていったそうです。
「娘が今年4月から中学生になるタイミングで、もう少し仕事の量を増やしたいと考えていました。そこで、『何かお手伝いできることがあれば』という感じで周りの方に話すようにしていた中で、公社にお声がけいただき働かせていただいています」
「秩父の仕事をもう少し大きくしていきたい」と話す一方で、どちらか一つにする予定はない、と言い切る今山さん。
「いい意味で、東京と秩父の両方が、それぞれ自分にとっての “逃げ場” になっているんです。秩父で過ごしたあと東京に戻ると、東京っていいなと思うし、東京にしばらくいると、今度は秩父が恋しくなる。東京には便利さや気楽さがあって、秩父には人とのつながりの暖かさや自然の近さがあります。どちらか一方だけではなく、行き来することで、それぞれの良さを改めて感じられるんです。東京に帰って『東京はいいな』、秩父に戻って『やっぱり秩父はいいな』と思える。このバランスが、今の私にはちょうどいいんです」

実は、今山さん自身も、最初から地域のコミュニティに積極的に入り込もうとしていたわけではありません。開業当初は、多くのお客さまが来ても対応しきれないのではという不安もあり、ほとんど告知をしていなかったそう。
それでも、里山の風景の中に建つKEiNAの存在が少しずつ目に留まり、特に移住者を中心に、訪れた人がInstagramなどのSNSで紹介してくれるように。そこから口コミで新たな人が訪れ、少しずつ地域に知られていきました。
「秩父で暮らしたり仕事をしたりするようになって感じたのは、一つの行動が思いがけず次の出会いや仕事につながっていくことです。人との距離が近い分、一つのつながりから新しい展開が生まれることが多くて、面白いなと思いました」
人やもの、情報に溢れている都市部と異なり、それらすべてが少なく絞られている地方だからこそ、一つひとつが大きな影響力をもつことになる。都市と地方、両者の間を行き来することは、個人としての価値観や暮らしを広げてくれることにもなりそうです。
一番大事なのは「自分は何のために二地域居住をするのか?」
その理由を持ち続けること
では、二拠点目をもつとき、誰もが積極的に地域と関わらなければならないのでしょうか。今山さんは、そうではないと話します。大切なのは、「自分は何のために二地域居住をするのか」を自分なりに持っておくことだそうです。
「社交的でなければいけないわけではないと思うんです。もう一つの居場所をつくりたいのであれば、地域のコミュニティに参加してみるのもいいし、反対に、自分と向き合うための場所として過ごすのもいい。大切なのは、自分が何のために二地域居住をするのかを、自分なりに持っておくことだと思います。二地域居住は、それなりにお金も体力も必要ですし、家が二つあることで暮らし方にも少し工夫がいります。だからこそ、自分なりの理由があると続けやすいのかなと思います。
目的や理由が自分の中にあれば、過ごし方は人それぞれでいいと思うんです。二地域居住のいいところは、必要ならいつでもやめられることでもあります。帰る場所があるからこそ、まずはやってみる、という選択もしやすい。ずっとそこに暮らさなければいけないわけではないので、迷っている方には『まずは試してみるくらいの気持ちでもいいのではないか』と話しています」

編集後記
最後に、これから二地域居住を始める人に、心がけた方が良い姿勢を尋ねてみました。今山さんから返ってきたのは、本当にシンプルな答えでした。
「自分が気を付けていることは、人として気を遣うべきところには気を遣う、ということでしょうか。カフェをオープンするなら、お茶菓子を持って近所に説明しに行くとか。隣家まで距離があったとしても、キャンプ場だと声が響くこともあるかもしれないので、その説明に行ったり。事前に隣近所に回っておくだけで周りも安心すると思うので、挨拶回りはちょっとやりすぎかなと思うぐらい広い範囲でしていいと思います。あとは地域の神社の例大祭などにお布施するとかはしたかな。……でも、そのくらいですかね。全然そんな特別なことはしていないです」
人と人が生身で繋がり合う、地方という環境。だからこそ、ぶつかることも起こりやすくもある。でも、そんな自分以外の他者のぬくもりが身近にあるからこそ育まれるコミュニケーションは、AIとの対話が加速するこの現代に、大きな気づきをもたらしてくれるはず。
二地域居住は、私たちがより人間らしく豊かに、面白く生きるためのソリューションなのかもしれません。今山さんが踏み出した一歩は、経験者だけが語れる確かな実感をもって、そんなことを教えてくれているようでした。
