比企地域で見つける、移住のきっかけ巡りツアー–比企地域編–
都内から電車や車で約1時間程度の距離にある、”東京にもっとも近い里山” といわれる埼玉県比企地域は、山から流れる豊かな清流とほどよい自然に囲まれた、昔ながらの田園風景が広がる場所です。
東松山市、滑川町、嵐山町、小川町、川島町、吉見町、鳩山町、ときがわ町、東秩父村の9市町村で構成される比企地域ですが、近年、コロナ禍の影響も相まってか、それぞれの町では個性あふれる移住者が続々と増え、新たな拠点やお店が生まれています。
今回は、そんな比企地域で活動する先輩移住者やキーパーソンが、どのような経緯で比企地域に移住してきたのか、移住するきっかけとなった人や場所を巡りながら、比企地域への理解を深める交流会のレポートをお届けします。
町まるごと ”アウトドアタウン” を目指す、新たな注目スポット(ときがわ町)
最初に伺ったのはときがわ町にある、暮らしとアウトドアのお店『GRID(グリッド)』、令和4年10月にオープンしたばかりのこのお店を運営しているのは、町内でキャンプ民泊『NONIWA』を営む野あそび夫婦のお二人、青木達也さんと江梨子さんご夫妻です。
青木さん夫婦は、二人の共通の趣味であったアウトドアや自然体験が身近にできる環境で暮らしたいと2年ほどかけて移住先と物件を探し、令和元年に都心部からときがわ町へ移住してきました。
自宅の庭をキャンプ場として貸し出す ”キャンプ民泊” という手法で、主にキャンプ初心者の方々を対象とした講習会やキャンプイベントを実施されており、最近ではアウトドア関連の取材や撮影場所としても人気を集めています。
そんな野あそび夫婦のおふたりが、誰でもふらっと立ち寄れる拠点が作れたらと思っていた矢先、達也さんが偶然ランニング中に出会ったのが、のちの『GRID』となる倉庫を所有しているオーナーさんでした。
「偶然は重なるもので、僕たちと同じタイミングでここを借りたいと申し出ていたのが、木工作家であるホリコシ製作所の堀越さんでした。
手前の作業場スペースは僕らがお店として借りてしまったので、堀越さんは大きな倉庫スペースの1区画を工房として借りられています。」(達也さん)
「ときがわ町ってもともと木(林業)と建具(たてぐ)のまちなので、地域のオリジナル商品も作っていきたいと考えていたところに、堀越さんとの出会いがありました。おかげさまで、オープンと同時にオリジナルの木工製品を販売することもできました。
アイデアベースで話していたものが数日後に試作品として出来上がっているなんてこともあって、すぐそばに作家さんがいて僕らはお店を営んでいて、っていう関係性が築けたのは、とても大きな価値だと感じています。」(達也さん)
そんな偶然が偶然を呼び、さらなるメンバーの心にも火を付けてしまったのです。
倉庫のすぐ手前にあった物置小屋をコーヒースタンドとして改装し、週末限定で『HOMIES COFFEE』を開業したのが、GRIDのオープンに向けてDIY作業を手伝いにきていた古田さんでした。
「DIYを手伝ううちに、自分も何か始めたくなってしまって。偶然、物置小屋が目に入ったんですよね(笑)。
平日は普通に会社員をしています。住まいは都内なんですが、もともと営業エリアがときがわ町の近くで。
ここなら車で片道1時間くらいあれば通えるし、週末限定なら無理なくできるかなと思ってはじめました。
もともとアウトドアが好きなので、週末だけでも自然の近くで過ごせるのは息抜きにもなっていますね。」(古田さん)
“GRID(グリッド)”という店名には、ときがわ町の象徴である ”格子状の建具” の意味のほかに、”ときがわ町やアウトドアを楽しむ人々が交差する拠点=ハブのようなお店になってほしい” という思いも込めて付けられたそう。
まさにGRIDは、様々な人との出会いや偶然が重なりあって生まれた、町まるごと ”アウトドアタウン“ 構想を目指す野あそび夫婦の夢が詰まった拠点としてスタートしています。
ベッドタウンの空き家を使って、アートなまちおこし(鳩山町)
続いて向かった先は、高度経済成長期に開発されたベッドタウンのまち、鳩山町です。
町の地域課題を解決するための複合施設としてつくられた『鳩山町コミュニティ・マルシェ』には、移住促進センターをはじめ、シェアオフィスやシェアキッチン、会議室、ふくしプラザなど、様々な機能が集約されています。
この施設の運営をメインで担っているのが、トヨ元家(本名:本家豊大(もといえとよひろ))さん。
パートナーである菅沼朋香(すがぬまともか)さんと共にアーティストとして活動する傍ら、鳩山町のまちづくりに携わっています。
「コミュニティ・マルシェができたタイミングで、パートナーの菅沼さんが鳩山町に移住することになり、結果的に僕も移住することになりました。
菅沼さんも私も、埼玉には縁もゆかりもなかったんですが、ベッドタウンを舞台にアートを表現するというのは斬新だなと思いました。
コミュニティマルシェは、建築家である藤村龍至(ふじむらりゅうじ)さんの会社『RFA(アール・エフ・エー)』が町から委託を受けて運営しているんですが、建築家がまちづくりに携わっているのも面白いなと思いました。」(トヨさん)
この日は、コミュニティ・マルシェで野菜たっぷりのお弁当をいただきながら、トヨさんから鳩山町のまちづくりやコミュニティ・マルシェでの活動について伺い、その後、まちなかにある2軒のアートな拠点を訪問しました。
1軒目は、元空き家だった庭付き戸建を活用したシェアアトリエ「niu(ニュウ)」。
ここを運営する小西隆仁(こにしたかひと)さんもまた、藤村さんきっかけで鳩山町へ移住したひとりです。
「大学院在学中にコロナが流行り、予定していた海外留学ができなくなってしまって。
藤村さんが関わっている学生用シェアハウス『はとやまハウス』に空きがあると聞いて、せっかくならまちづくりの現場にも関わってみたいと鳩山町へきました。
自分たちで設計した屋台を引いてまちを巡ったり、イベントを企画したり。様々な活動にチャレンジさせてもらいました。
卒業後も鳩山に関わり続けたいと思い、運良くこの家を借り受け、シェアハウス兼アトリエとして仲間と活動しています。
今後、どうしていくかはまだ模索中ですが、ここのいいところは、鳩山だけじゃなく、隣町のときがわ町やその周辺にも面白い人がたくさんいて、刺激を受けられることですね。」(小西さん)
2軒目は、トヨさんと菅沼さんが自宅の一部を改装して営んでいる喫茶店『ニュー喫茶 幻』へ。
中に入ると、外観からは想像もつかない昭和レトロな空間が広がっていました。
「ニュー喫茶『幻』は、アーティストとして表現した作品のひとつです。
私は愛知県のニュータウン出身なんですが、均一的なニュータウンのまちが大嫌いで、大人になってから高度経済成長期に生まれた華やかでポップな昭和レトロのものに惹かれはじめ、昭和レトロをテーマにアーティストとして活動してきました。
でも “ニュータウン” もまた、その昭和レトロを生み出した高度経済成長期の産物でもあります。
藤村さんと出会ったことで、アーティストの題材として、ニュータウンのまちづくりを作品にするのも面白そうだと感じ、鳩山町へ来たんです。
ニュー喫茶幻のコンセプトは、“鳩山ニュータウンで夢がみれる店” です。
鳩山町は、全国平均と比べても群を抜いて高齢化率が高く、空き家問題も加速しています。
そんな課題だらけのまちで、高度経済成長期のような『今日より明日がもっと良くなると誰もが信じていた時代』を感じてもらえたら嬉しいです。」(菅沼さん)
この日は特別にお二人のオリジナル曲を披露してくださり、一同は昭和レトロな世界へタイムスリップ。
均一化されたベッドタウンの住宅街にひっそりとある幻のような空間は、地域課題をアートな視点で考えるヒントが詰まっているようでした。
続々と移住者が増え、新たなモノ・コトが生まれている町(小川町)
最後に向かったのは、オーガニックタウンとして知られる小川町。
古くから有機農業を学ぶために移住してくる人の多い町ですが、最近では農業に限らず、さまざまな職種や年代の移住者が増えているそう。
そんな小川町を堪能すべく向かった先は、ノスタルジックな木造校舎が童心をくすぐる旧下里分校、出迎えてくれたのは4名の先輩移住者です。
そのうちのひとり、八田さと子さんは、旧下里分校の運営に携わりながら、小川町駅前にある観光案内所「むすびめ」内にある小川町移住サポートセンターで、日々、移住を検討して小川町を訪れる方々の相談にのり、町内を案内しています。
小川町へ移住した人々に移住までの経緯を聞くと、必ず八田さんの名前が挙がるキーパーソンです。
「私も有機農業がきっかけで小川町へ移住したひとりです。
私自身は農家ではありませんが、野菜を畑で育てたり、スーパーで気軽に有機野菜が買えたり、小川町は農ある暮らしが身近にある町だと思っています。
このあとまち歩きを案内してくれる3人のように、最近は農業だけではなく、二拠点居住や空き家再生を目的に小川町へ移住してくる人が増えていて、若い人たちの活動をきっかけに新たなモノやコトが次々と生まれています。」(八田さん)
“いま小川町は楽しいんですよ” と八田さんが話してくれたように、小川町ではここ数年で新たな拠点やお店が増えています。
そんな今注目の小川町のスポットを巡るまち歩きに出かけました。
最初に訪れたのは、令和3年5月にオープンした『コワーキングロビー NESTo(ネスト)』です。
ここの運営をするNPO法人あかりえの西沙耶香さんは、隣町の東秩父村出身で地域おこし協力隊として村にUターンし、東秩父村と小川町を行き来しながら活動しています。
「NESToは、平日はコワーキングスペースとして働く場を提供しながら、平日夜や休日の時間を使って様々なイベントも企画しています。
町の人も町外の人も、ここを拠点に交流してもらうことで、新たな出会いや仕事が生まれたり、小川町を知る機会にも繋げてもらえたらと思っています。
私たち自身も場所を作ったことで、これまで知らなかった小川町の一面を知ったり、これまで知り合えなかった層の人にも出会えたり、たくさんの発見がありました。」(西さん)
NESToから役場の横を通り過ぎ、裏路地を歩いていくと、通称 ”北裏ストリート” と呼ばれている通りに到着します。
趣のある古い建物や長屋が、駅から徒歩10分ほどの場所で今なお残っていることは小川町の魅力のひとつかもしれません。
そんな建築家目線の面白さも織り混ぜながら、まちの案内をメインで行ってくださったのが、小川町で3軒のまちやどを営む「株式会社わきま」の高橋かのさん。
普段から小川町を訪ねてきた知人にまちあるきの案内をすることが多いそうで、移住してまだ3年とは思えないほど詳しくまちのポイントを案内してくれました。
まちあるきの最後に訪れた高橋さんが運営する宿「三姉妹」では、1階部分をアトリエとして間借りしている黒礒由起子さんにもお話を伺いました。
「私も都内からの移住者で、小川町で毎年開催されている “オーガニックフェス” がきっかけで小川町に惚れ込み、平成30年に会社員を辞めて小川町へ移住しました。
小川町に来てからはワイナリーで働いたり、現在はNESToのスタッフとしても働いています。
もともとファッションが好きで、洋裁や服のリメイクを趣味にしていましたが、小川町に来て機織り機を譲ってもらったり、友達から着物のリメイクを頼まれたり。
だんだん本腰入れて製作したいと思っていたタイミングで、かのちゃんと建物をシェアすることができました。
他の仕事もやりながら、今はイベント出店などで活動していますが、こんな働き方ができるのも小川町だからこそだと感じています。」(黒礒さん)
「私も大学時代から小川町のまちづくりやイベントに関わらせてもらう機会があって今ここに辿り着いていますが、まさか自分が会社を立ち上げて、宿を運営することになるとは思ってもいませんでした。
でも、やりたいと発信したことを応援してくれる人がいたり、一緒に考えたり企画に協力してくれる仲間がいることは、とても大きいなと感じています。」(高橋さん)
1日を通して見えてきた、比企地域の魅力
今回訪れたときがわ町、鳩山町、小川町は車でお互いに15分ほどの距離にありながら、それぞれに個性があり、面白い移住者や地域の人々がいて、まちの違いや変化を1日通して感じられたことはとても新鮮でした。
その中でも印象的だったことは、思い思いにやりたいこと、楽しいことを実践している人の多さで、移住者もヨソ者も若者も関係なく、やりたいことを試せる機会やフィールドが広がっていることが比企地域の魅力なのかもしれません。
気になった方は、ぜひ一度比企地域を訪ねてみてくださいね!
【埼玉移住サポーターのプロフィール】
青木達也さん/野あそび夫婦
夫婦共通の趣味であったアウトドアや自然を楽しめる環境で暮らしたいと移住先を探し、2年ほど比企地域へ通ったのちに、令和元年に都内からときがわ町へ移住。同年、自宅の庭をキャンプ場として活用しキャンプ民泊『NONIWA』を開業。令和4年には、暮らしとアウトドアのお店『GRID』もオープンした。
菅沼朋香さん・トヨ元家(本家豊大)さん/ニュー喫茶 幻
愛知県のニュータウン出身の菅沼さんは、昭和レトロをテーマにアーティストとして活動する中で、知人の勧めから鳩山町へ移住。夫であるトヨ元家さんと共に鳩山ニュータウン内にある中古戸建を購入、自宅の一部を改装し『ニュー喫茶幻』をオープン。鳩山町の移住相談や起業支援、シェアオフィスやシェアカフェなどの機能が複合された交流拠点『鳩山町コミュニティ・マルシェ』の運営にも携わる。
小西隆仁さん/シェアアトリエ「niu」
大学院在学中、鳩山町にある学生シェアハウス『はとやまハウス』へ入居した縁で鳩山町に惹かれた小西さん。卒業後もここに残りたいと定住を決意、令和3年4月から鳩山ニュータウン内にあった戸建を借り受け、仲間と共にシェアアトリエ「niu」を立ち上げ活動中。
八田さと子さん/小川町移住サポートセンター
世界的に知られるオーガニックタウン・小川町の移住相談員として、農や地域と関わるコーディネーターとして活躍する八田さん。 自らも有機農業のテーマに惹かれて小川町に移住した一人。女子栄養大学の非常勤講師も務める。令和3 年 4 月からは小川町駅前 にある観光案内所の運営にも携わり、小川町の物産やレンタル着物の企画なども行っている。
西沙耶香さん・黒礒由起子さん/NPO法人あかりえ
東秩父村出身の西さんは、6年前に東秩父村の地域おこし協力隊としてUターン移住。協力隊卒業後も東秩父村や小川町を拠点に地域の魅力発信や交流イベントを企画するなど活動中。黒礒さんは小川町で毎年開催されている “オーガニックフェス” に訪れたことがきっかけで小川町に惚れ込み、会社員を辞め3年前に都内から小川町へ移住。令和3年4月より「NESTo」の運営に携わる。
高橋かのさん/株式会社わきま
大学在学中からまちづくりや空き家再生に興味を持ち、熱海市にあるまちづくり会社にて1年間住み込みインターンを経験。その後、有機農家を営む父が研修を受けていた小川町で開催されているオーガニックフェスに携わったことから、小川町のNPOが運営する民泊の女将を任される。令和4年には、仲間と株式会社わきまを立ち上げ、小川町内で3軒のまちやどを営んでいる。